明るい未来を空想する文筆家

もの事の捉え方や、気づき発信中。明るい未来や楽しいことを見つけて書いています

過去の自分は、褒めて、褒めて。


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ブログをご覧いただきありがとうございます。

あやこです。

 

過去の話しをクヨクヨ悩むことはありませんか?

私はしょっちゅうあります。笑

 

物心ついてから30年以上この性格ですが、ふと今更ながら気づいたのです。

 

過去の自分をいくら悔やんだり責めたりしても、未来は何も変わらないみたい。

 

むしろ、過去の自分は褒めた方が、未来もプラスになることが分かってきました。

 

ずっと自分を責めることに慣れていたので、初めは褒めることに違和感を感じるかもしれませんが、とりあえずマイナスなことを思いついたらプラスに変換してみてください。

 

例えば、あの時あの人に嫌なこと言ってしまったなぁと悔やんだとすれば、私はあのような場面で心にもない言葉を言ってしまうことがあると分かっただけでも、良かった。次気をつけよっ。

というふうに、失敗も経験としてプラスに変換するのです。

 

自分のことはせめてばっかりですが、もし相手が自分ではなく親友だとしたらこんなに責めたりはしないと思うのです。

きっと、「そうだったんだ、でも○○ということがわかってよかったじゃん、次気をつければいいよね」と明るく返すはず。

自分も大切な親友だと思えば、強く責めることも減ると思います。

 

自分に甘くというわけではありませんが、過去の自分にネチネチと暗く当たるのではなくて、サラッと明るく返す気持ちでいたいと思います。

少なくとも、その方が未来が良くなる気がするから。

 

今日も素晴らしい一日を。

 

「自分カルテ」で心身ともに整う

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あやこです。

 

 

病院へ行くと、患者さんの状態を記録する「カルテ」がありますよね。

そのカルテを、自分で書いてしまうってアリなのではないかと。別の言い方をすれば、自分の取扱説明書を作るような感覚です。

 

自分はどんな時に落ち込んで、何をしたら回復して元気になるのか。

 

カルテはクリニックの看護師さんやお医者さんだけじゃなくて、自分で書いてみると、冷静に見つめられます。なにより、ストレスが原因の体調不良になる前に気づけることが大きい。予防として、心身ともの状態を把握して整うことができます。

「自分カルテ」で心身ともに整っちゃおう。

 

 

今日も素晴らしい一日を。

 

 

明日の自分は喜んでくれるかな?

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あやこです。

 

明日死んじゃうかもしれない、ではなく、明日の自分は喜んでくれるかな?で考えてみる。

 

例えばなかなかやる気が起こらないときは、物事を始められないとき、「明日死んじゃうかもしれないよ?」だから後悔しないようにやろうと言われますよね。

でも、ふだん会社や学校に行ったり、家事をこなしている人にとって、明日死んしまう可能性は0%ではありませんが、限りなくゼロに近い。

ちょっとリアリティに欠ける気がするのです。

だとすれば、こんな質問をしてみるのはどうでしょうか。

 

明日の自分は喜んでくれるかな?

 

明日死なずに生きていたとしたら、明日の自分は、今日の自分の頑張りを喜んでくれるでしょうな?せっかくなら、自分が喜ぶことをした方が今日の自分も満たされるはず。「昨日の自分、ありがとう!」と喜んでいる姿を想像してみるのです。

 

今日、私が明日につながるような行動(どんなに些細なことであろうと)をしたら、きっと明日の自分は昨日の自分の行動を喜んでくれます。この考えに変えてから、無理に自分を叱咤激励せずに動けるようになってきました。

 

自分に期待して、他の誰でもない「明日の自分」のために頑張ってみる。そう考えると、身軽にフワッと軽く行動できるはずです。

 

 

今日も素晴らしい一日を。

 

 

頭を空っぽにすると見つかる本当に必要なこと

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あやこです。

 

 

「人間は考える葦である」といわれるほど、人は常に色んなことを考えています。人間である以上、考えずにはいられません。

考えることで、文学や技術が発達してきたのはもちろんですが、考えすぎて頭が働かないという方もいるのではないでしょうか。そんな時は、

いったん、考える事をやめてみると、自然と頭の中が整理されます。

 

やり方はシンプル。

頭の中をからっぽにして、考え事がやってきたらスルーします。

なにも考えない。なにも頭に入れない。頭の中を引っ越したての部屋のように、家具も何もないまっさらな状態にします。

 

2,3分ほど空っぽにしてみると、深く深呼吸できることに気づくと思います。

頭の中が空になると、自然と身体の中に意識が向くのです。

この状態がクリアですっきりします。

ふーっと落ち着いたら、ふだんの考え事の中に戻ってみてください。

考え事の波が静まり、本当に大切な考え事が見えてくると思います。本当に必要な考え事は、頭を空っぽにすると見つかったりするのです。

 

ときには断捨離のように頭を空っぽにして、耳を澄ませてみてください。

 

 

今日も素晴らしい一日を。

 

 

春の奇跡

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あやこです。

 

4月に入り、寒すぎず、暑すぎず、ちょうどいい天気になってきました。

この「ちょうどいい天気」って考えてみたら、奇跡みたいなことだなぁと。

 

人間は、他の動物とちがい、体温調整に弱点があります。動物的に言うと、ヒトは体温を一定に保つ「恒温動物」のため、外気温が体温とちがったら、一生懸命36℃くらいの体温に近づけようとします。しかしそれも限界があり、あまりにも外気温が体温とかけ離れていたら、文明の利器を使うしかありません。だから真夏はエアコンをつけないと暑いし、冬はコートを着て、室内でも暖房をつけないと暮らしていけません。もしこれがカブトムシ(外気温によって体温が変わる変温動物)だったら、どんな気温の中でも自分の体温を変化させて生き延びていけます。

(ヒトとカブトムシと言えば、aikoのカブトムシですね。青春時代を思い出すなぁ、、、)

 

そんな人間が過ごしやすい時期がやってきます。それが春や秋です。人間が「すごしやすい」季節とは、エアコンや暖房をつけなくても、ある程度快適に過ごせるシーズンということ。もちろん服は着ますが、この地球上でヒトが最も動物的にもストレスなく生きられる奇跡の時期なんですよね。考えてみれば、本当に貴重な時間。12カ月の中で、わずか数か月だけ与えられた、ヒトが最も快適にすごせる時間です。個人的には花粉症がつらい時期でもありますが、、、それを加味してもエアコンや暖房をつけずに暮らせるのはうれしい限りです。

 

あと数か月後には梅雨、そして夏がやってきますが、いまの奇跡のシーズンを存分に味わっていきたいと思います。

 

 

今日も素晴らしい一日を。

 

落ち込みやすい私の人生攻略テクニック

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あやこです。

 

あー楽しかった。

 

YouTubeNetflix、インスタを見ていて、気づいたらこんなに時間が経っていた!と気づくときがあります。そんな時、私はズーンと自己嫌悪に落ちるんですよね。

これまでは

(あー、また無駄な時間を過ごしてしまった。ちゃんと時間をコントロールできない自分、ダメだなぁ)

と、落ち込んでいました。

 

しかし、毎回落ち込むのも嫌だなと思い、こんな言葉を言ってみたら、その後の気持ちが全然違うことに気づいたのです。

 

「あー、楽しかった。」

 

息抜きやリラックスのつもりで動画を見ていたのだから、そのあとに落ち込むなんて意味ないな、と今さらながら気づいたのです。思っていなくても、「あー、楽しかった」と言葉にすると、不思議と心が軽くなります。その後の行動も、嫌な気持ちを引きづらないで済みます。

 

せっかく楽しみのために使った時間なら、楽しかったで終わりたい。ストーリーの終わりは、自分次第でハッピーエンドにできるのです。

 

時間はもどってこないのだから、どうせなら「楽しかった」と肯定したい。落ち込みがちな私の人生攻略テクニックです。

 

今日も素晴らしい一日を。

同じキャラは選べないほうが面白い

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あやこです。

 

「みんな」って、誰? 

 

みんな、と聞いたとたん、私は頭の中がボヤける気がするのです。

例えば学校や会社の朝礼などで大勢の顔を見て「皆さんおはようございます」、という場合は別として、私以外の誰か、不特定多数を表すときの「みんな」は、時にもの事を曖昧にさせてしまう不思議な力があります。

 

人間は、ひとり一人それぞれの人格があって、考え方もちがいます。生まれてから今まで完全に同じ考えの人はいないように、まさに十人十色の世界です。ゲームで例えるなら、マリオカートでキャラを選ぶ時、誰かがクッパを選んだら、もう他の誰もクッパにはなれないのと同じ感覚。これが他の人も全員クッパになってしまったら何だかつまらない(混乱?)ですよね。

 

だから自分以外の人をひと括りにして「みんな」とするのは少し乱暴かなと思うのです。大きな「みんな」を分解して、それぞれが唯一の人間だと捉えると、自然と肩の荷が降りる気持ちになります。なぜなら、無意識に「みんな」という自分以外の全員を自分とは分かり合えない「敵」にしてしまっているから。

 

本当は、同じ誕生月でも、同じ出身でも、同じ苗字でも、それぞれがほかと違った替えのきかない存在。みんなを外してみると、そんな当たり前のことに気づかされます。

「みんな」というメガネを外してみると、もっと楽しい世界が見えてきます。

 

今日も素晴らしい一日を。